新年開けました。おめでとうございます。
年が開けてもひたすらに卒業研究です。今まで考えてきたカメラデザインの提案も大元のコンセプトも固まり、最後のデザイン要件を抽出している真っ盛りです。
研究、とはいっても学校の教育活動の一環です。利益目標などがあるわけではないので、やらなければならない要所を抑えていけば特別無理をしなくても卒業できます。多分。
そして自分の研究については、自分で言うのも何ですがある程度デザインの筋道は通っていて、これに合わせて適当にユーザ設定してそれに基づいたデザインしてCGに起こして模型を作れば“まあそれなりのもの”ができることでしょう。
そんな自分がなぜ今徹夜をして四苦八苦しながら要件を考えているのか。なにをもってこんなにストイックなことをしなければならないのか。センスも技能もひらめきもないがために、こうでもないああでもないああちくしょううざいねむいこのまますべてを投げ出してしまいたい。と思いながら(道草をしながらも)もアイディアを検討し続けているのか。葛藤をもちながら過ごしています。もうオールタイム・カットウです。
そんな、投げ出したい時にいつも思うのは、周りの人の存在なわけです。
いっしょに研究を頑張る同期がいます。就活や修論で忙しい中合間合間にアドバイスをくれる頼りになる先輩がいます。そしてご自身の仕事があるにも関わらず、その卒研と就活と修論を親身になって面倒を見てくれる先生までいます。(みんなのアドバイスは的確で現実的で辛辣だけれども…。)
他分野に進学した動機が遊びに誘ってくれたり、後輩が声をかけてくれたり、デザインに関係ない地元の友だちも心配してくれたり(一体どんな意味…)、なによりも今日という日まで自由にやらせてくれている親がいます。
俺という人間は実に実に感化されやすい人間なので、こうアツい優しい人たちと触れ合っていると、中々適当にやれなくなってしまうのですね。
デザインというのはどこかしらでエゴ(こだわりや愛着もこれに含まれると思います)を出さなければいけない部分が多々あります。
いつも他人の存在ありきで自分のやることを決める私に対し、「自分の好きなものを作らなきゃ意味が無い」とか、「自分のしたいことをやらなきゃ意味が無い」ってことはよく言われるし自分自身でもそう思います。
それでも自分にとって、アクションのきっかけはいつだって“友のため”なんです。(もちろん、友人以外の人も含ますよ)。
デザインの実力も、つきあうメリットもない自分に対して、声をかけてくれる人がこんなにいるというだけで私が頑張る理由には十分なのです。
いい卒業作品をつくりたい!!
結果はどうなるかはともかく最後まで頑張って納得のいくものをつくりたい!!
いや、これだけやっているのだし、やっぱり最後は少しは評価される結果を出したい!!
今が一番のターニングポイント。どれだけ変わるかは知らないが(多分ほとんど変わらない可能性が高い。)
ここで最後の一絞りのアイディアが出るか否かが、プロダクトのクオリティを変えるに違いない。というかそう思いたい。
こんなどうしようもなく詰まった夜こそ文章が書きたくなる不思議。
思い立ってから30分ほど時間を使ってしまったけれども気持ちは前向きになったのでオールオッケー。
言葉の具象化は気持ちを動かす。
今日一日全然良いアイディアでないけれども一つもう少し頑張りたいと思います。
明日のゼミまでにひらめけるか…。
あと一ヶ月がんばろう!!
気がつけばあと二週間。時間とお金が飛んでいく季節となりました。
そんななか今自分はもっぱら卒業研究を進めています。
カメラデザインの研究と提案を四苦八苦しながら匍匐前進のごとく進めています。
元々デザインに興味がなかった自分がポンとこの大学にきて、
人間工学をいたって真面目に学習していたはずなのに気がつけばインダストリアルデザインを専攻して、
全然インスピレーションも技術も知識もなかったのにガチガチのプロダクトデザインを行う研究室に入って、
肝心の研究もカッコいいこと社会的に要されていることにしようとしたはずなのに、結局長年やってきたカメラの提案になって
…etc、
いつでも自分の思っていることの逆をやってきた自分がいて、基本的に苦手なことになりがちなので苦労もしてしまうわけですが、それでも気がつけばいつも楽しくなってしまっているのがお決まりのパターンであり自分のいいところだと思っています。が、ここのところ全く思うように進まないので気持ちが滅入りがちになっています。
と、今の今まで書いていたのですが、人生とはわからないものです。ブログをいきなりpositiveな発想が降りてきました。
今まで使いつづけてきたカメラ。もはやライフスタイルの一部となっているカメラ。自分で描いていたカメラに対する理想のヴィジョンを真剣に考えることができて、それを実現させるためのまたとないチャンスなんじゃないか、と。
今まで自分の経験を踏まえてかっこよくてクールなものを、真摯に追求していけばいいのではないか。
逆をいうのならばこの研究に基づく提案を俺のカメラ観の象徴とするのであれば、そんなしょぼいものをつくっていいのか、妥協的になっていいのか。
そのためには否定されることを恐れずに友人なり先輩なり先生なりにすがってでも意見を聴いて作っていくしかないのかなと思いました。結局最後の最後までなりふりかまわず粘るしか無いんじゃないのかなと思いました。
鬱々しい思いをぶつけようとしたはずが思いがけずポジティブになってしまった。書きだすと脳内が若干すっきりしますね。
ただ、現実的な問題は全く解決していないのですけれども笑。あと2ヶ月ポジティブでクリエイティブにしゃかりきしようとおもいます。
最近切に感じつのは他ならぬ先生や友人や先輩後輩の優しさです(研究に限った話ではなく)。
基本的に飛び抜けている能力や結果がない自分には、お世話になっている人たちに少しでも誠実に対応するくらいしかできません。だからこそ、そこだけは今学期きちんとして卒業したいなと強く思った師走の夜でした。
7/23(土),24(日)百道浜にてビーチフットボール九州大会があります。これに優勝すれば全国大会です。
万年二軍だった自分が、キャプテンをすることになろうとは誰が思ったろうか(もっとも、同学年は二人しかいなかったけれども)。週5日の練習とミーティング。デザインや写真やその他もろもろを置き去りにしてやってきたビーチフット。
「とにかく気合を入れろ」
「とにかく踏ん張れ」
「とにかく声を出せ」
今まで、そんな言葉で片付けてやってきたスポーツ。
“アタマを使え、そうすればどんなに運動能力のあるチームでも勝てるのがビーチフットだ”
その言葉を糧に心を入れ替え、ここまでやってきた。一つ一つのプレーに意味を持たせること。一つの試合や練習に意図を持つこと。それを他のみんなと同調させ、セッションすること。常に成長し、引き出しを増やしていくこと。
そういう意味では、高校時代のラグビー部よりも真剣に取り組んだ。当時は当時でがむしゃらにやってきたけどね。
そして迎えた九州大会。まだまだまだまだまだ、足りないところばかりで、教えてもらうことばかり。先輩はおろか後輩にも言われるほどなのは変わらない。チームで一番叱ってもらってるのは間違いなく自分である。
後輩に注意(バカに?)されてもあんまり理不尽にはムカつかないし、俺が今年最後になる(かもしれない)ことにあまり執着もない。俺自身がすごく全国大会に行きたいわけではない。やりたいプレーを押し通すようなエゴも多分あまりない。思うに、自分はスポーツで大成するタイプなのかもしれない(間違っても練習が嫌だとか悔しさを感じないとかそういうわけではないですが)。
そんな中、頭に浮かぶのは、今年が最後となるM2の先輩方だ。誰よりもビーチバカで、誰よりも全国に行きたい人たちである。一年生の時からずっと観てきた。そんな先輩たちのラストイヤー。俺は彼らを漢にしてやりたい。
俺自身はまだまだチームの足をひっぱる存在でしか無いけれども、それでも、全国へ行くためにチームの力になりたい。
勝ちたいのは本当。先輩たちを全国に連れて行ってあげたいのも本当。
気合や死ぬ気、そんなのは口ばかりの言葉。プレーに繋がらなければただの虚言。
それでもそんなチープな言葉を口にだして、気合を入れるしか無いのです。
ただただ勝ちたい。
“全員が全部やろうとするのではなく、全員がそれぞれの役割とか頑張り所とかを明確に意識できていれば、チームとして意識もぶれないしまとまるってこと。
できることとできないこと、できなくても頑張れるところ。by徹郎さん”
自分にできること、できなくても頑張らないかんところ。
とめどなくなるので、ここまで。
再告知となりますが改めて、
7/23(土),24(日)百道浜にてビーチフットボール九州大会があります。みなさまの応援とご来訪をチーム一同心よりお待ちしております。チームの当たり的には近年これ以上無いくらいに大チャンスです。
詳しく気になる方はお気軽にコンタクト下さいませ。
なりました。
気がつけばこんな季節。セミの声はめっきりと減り鈴虫は鳴き始め、大分日差しも減ったものの暑さと湿度は未だに健在な福岡です。あっという間に夏休みは駆け抜け、今日には中秋の名月を迎えるほどになりました。
あと夏休みも1週間。うひゃー。
今年も学祭パンフレット制作に携わらせて頂いています。例年通りに夏休みを満喫しつつ、仕事を少しずつ先に回しつつで、どちらも楽しくやっています。ただいつもと違うのは今年は三年生になり、スタッフ最高学年になったということ。しかもおったまげたことに俺がその代表になってしまったこと。
責任ある立場になったし、盛り上げていく立場にもなった。そして何より、パンフレット制作に関われるのは最後の立場になったということ。
三年生はすごく面白いし、自由にやれる、やりがいも感じる。反面面倒臭いことも多いし、しっかり見通し決めないとグダグダになり自分のことすらままならなくなることばかり。ていうか今まさにそう。〆切のデンジャラスさに気付いてしまったそんな今日の10時。間に合うのか?間に合わせるけど、間に合うのか?と笑
そして今日ベッドに横になって思ったのが自分以外のパンフ関係者のこと。
パンフレットに情報載せてくれる他企画のスタッフ・広告協賛のカンパを出して頂いている大橋の店舗・口うるさい学務課・心意気と技術を残して頂いていたOB。
そんで、なんもわからん可愛い一年生共に、遠慮せんくせになんだかんだ言いながらも仕事すげーしてくれる二年生。そんで俺の精神の不安定さを助長しながらもなんだかんだ支えてくれる三年生。
60ページ位しかなくて大学内位でしか配られないパンフレットだけどそれにもたくさんの人が関わってできてるんだなぁとしみじみ感じてしまった。
〆切が近くなればなるほど彼らの存在の大きさに気付く。対照に、自分自身がちゃんとできているのか、パンフ企画の代表としてきちんと役目果たせているのか。と、何故か今日思った。そうはいってもまだ色校すらだしてないしてか芸工祭どころか夏休みすら終わってない。果たすべきことなんか腐るほど残っているんだけどね!
とにかく、もっと俺個人が頑張ろうってこと!愚痴やマイナスなんか言ってる暇ないってこと!
俺はこのパンフを一生涯大事にすると思う。そんな大事なもんなので今からでも急ぎまくりたいあがきまくりたい。
熱意さめやらんうちにブログ書いてやったぜ!それも携帯で!アホだ!
授業で久々にプロダクトのスケッチの授業があった。
ボールペンでアイデアをいくつも出して、その中で良さそうなものを検討し、サイズを大きくして書き直す。そしてそれにコピックマーカーで着彩を施す。というシンプルでアナログな授業内容である。画が下手(やる気がないのではなく)だからといって悪い成績評価はあまり付かないし、留年することもない授業である。そんな授業を今日また終えたのだが、今の自分に恐ろしいほどスケッチ能力がないことに今更気づいた。
元々ガチガチのデザイナー(一般的なイメージでのデザイナーという意味で)にはなるつもりは無かったし、今の今までまともに練習しなかった俺が400%悪いんだけれどもね。それを越えてのレベル。表現力・上手さどうこうという次元ではない。自分の中にあるアイディアが相手に伝えることすらできていない。
プロダクトデザインに限らず何か新しいことをする時には、自分ののかにある画期的アイディアを相手にいかに伝えるかが大事である。それは、言葉だったり、概念的なイメージ図だったり、模型だったり、スケッチだったり、数字だったり。そんな表現ツールの一つが死んでるということは、相手にインスピレーションを伝えるすべを一つ失ったのも同じことである。それってすごくもったいない。自分の考えがみんなと共有できないということなのだからね。
まだまだ間に合う。今からでもスケッチの簡単なコツだけでも学んでおきたい。
俺の伝えたいこと、インスピレーションはこんなもんじゃないのさ!!
あと滑舌ももっと直したいです。